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PCB(ポリ塩化ビフェニル)問題 その1


PCB(ポリ塩化ビフェニル)は、1881年にドイツで初めて合成され、1929年に米国で、そして1954年に日本で工業生産が始まった有機塩素化合物です。PCBは、当初、無害であり、しかも化学的に安定していることから「夢の化学物質」とも呼ばれていました。しかし、この化学安定性が災いすることとなり、環境中でも安定で分解しにくいために、地球規模の環境汚染をもたらす結果となりました。また、皮肉なことに、ヒトや生物の体内においても代謝・分解されにいために長期間にわたって汚染が続きます。
また、無害と言われていましたが、1968年になってPCBが混入した米ぬか油を摂取したことにより、西日本を中心に13,000人もの多数に「カネミ油症」という人体被害事件が発生し、PCBは皮膚障害、肝臓障害、生殖障害などの有害性のあることが明らかになりました。さらに、後の研究によって発がん性のあることも判明しました。
この「カネミ油症」事件の発生がきっかけとなって、難分解性、高蓄積性および長期毒性のある有害化学物質を事前に規制することを目的として、1973年に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化学物質審査規制法)」が制定されました。そして、PCBはこの法律によって、製造・輸入・使用が原則禁止とする最初の「特定化学物質」(現在は第一種特定化学物質)に指定されました。
PCBは、図1に示すように、亀の甲(ベンゼン環)が二つ結合したビフェニルに塩素原子が1〜10個付いた化学物質です。塩素原子の付く個数や位置の違いによって、最大で209種類ものPCB化合物ができます。即ち、PCBは一つの化合物ではなく、化学性質が似ている塩素の数や位置が異なる多くの化学物質の混合物です。

図1. PCBの化学構造式とナンバリングシステム

図1. PCBの化学構造式とナンバリングシステム

1960年代後半になると、PCBによる世界的な環境汚染が初めて明らかにされました。それまでに明らかにされた環境汚染物質は、主に一つの化学物質からできている農薬でした。しかし、農薬の場合と異なり、PCBは多くの化学物質の混合物です。
当時、このPCB混合物を精度良く分離して計測することは、極めて困難でしたが、大阪府立公衆衛生研究所の研究グループが中心となった精力的な研究によって、PCBの画期的な定量法が開発されました。このPCBの定量法が礎となって、その後に登場する環境汚染物質あり、222種類の化学物質の混合体である強毒性ダイオキシン類を対象とした高精度分析法が開発されていくことになります。
このようなことから、PCB汚染が発端となり、化学物質のヒトへの有害性の事前審査を目的とした化学物質審査規制法が設定されるとともに、各種化学物質や環境汚染物質を対象とした高精度な計測評価法が開発されることになりました。
PCBは、熱安定、電気絶縁性および耐薬品性に極めて優れているため、加熱や冷却用熱媒体、変圧器やコンデンサなどの電気機器の絶縁油、可塑剤、塗料、ノンカーボン紙などの溶剤、機械油、靴墨など、非常に幅広い分野に用いられました。そのため、1954年の製造開始以降、日本におけるPCBの使用量は、1970年のピークを迎えるまでうなぎ登りに増加しました。しかし、化学物質審査規制法による「特定化学物質」の指定により、製造、輸入および開放形での使用が原則禁止になりました。日本で生産・消費されたPCB量は、実に5万トンにもなります。
化学物質審査規制法の制定に伴って、PCBを含む廃棄物や耐用年数が過ぎたトランスやコンデンサなどの廃電気機器は、国の具体的対策が決定するまで使用者による保管が義務付けられました。しかし、事業所移転、企業倒産などに伴って、保管PCB廃棄物の紛失が多くなる傾向が明らかになり、それによる環境汚染や人体被害が懸念されル様になりました。そのために、2001年に「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法(PCB特別措置法)」が制定されました。この法律によって、事業者は、2016年末までにPCBを絶縁油として使われている廃トランスやコンデンサを含むPCB廃棄物を処理することが義務づけられました。

表1 PCB廃棄物保管量とPCB使用製品の使用状況(2010年3月31日現在)
保管廃棄物の種類 保管量 使用製品の種類 使用量
高圧トランス 33,887台 高圧トランス 9,235台
高圧コンデンサ 267,800台 高圧コンデンサ 21,938台
低圧トランス 44,861台 低圧トランス 54,944台
低圧コンデンサ 1,678,375台 低圧コンデンサ 28,904台
柱上トランス 2,655,163台 柱上トランス 1,164,296台
安定器 6,094,353台 安定器 279,530個
PCB 50トン PCB 549kg
PCBを含む油 132,973トン PCBを含む油 4,138kg
感圧複写紙 704トン その他の機器等 14,665台
ウエス 437トン    
汚泥 22,484トン    
その他の機器等 470,001台    

なお、環境省発表による2010年3月31日現在におけるPCB廃棄物の保管量とPCB使用製品の使用量を表1に示しています。
PCB使用製品については耐用年数が経過した場合には、PCB廃棄物として保管し、適正に処理することになります。PCB廃棄物の適正処理は、政府全額出資の特殊会社である日本環境安全事業株式会社の5つの事業所(北海道事業所、東京事業所、豊田事業所、大阪事業所、北九州事業所)(図2参照)において行われています。

図2. 日本環境安全事業株式会社の5つの事業所の外観写真

図2. 日本環境安全事業株式会社の5つの事業所の外観写真

しかし、PCB廃棄物の処理進捗程度は予定よりも大きく遅れています。「PCB特別処理法」に規定されている処理期限(2016年末)までに3年程度に迫った2013年9月現在までの廃電気機器の処理量を表2に示しています。

表2 PCB廃棄物処理の進捗状況(2013年9月末現在)
事業所 トランス類 コンデンサ類
北海道事業所 61% 48%
東京事業所 51% 53%
豊田事業所 60% 53%
大阪事業所 60% 33%
北九州事業所 74% 48%

各事業所における処理済み量は、トランス類で51〜74%およびコンデンサ類で33%〜53%に過ぎません。PCB廃棄物の適正処理は想定されていた以上に時間を要する事業でありました。また、毎日の処理に伴って、衣服、長靴、手袋、マスクなどの作業廃棄物(二次廃棄物)が大量に排出されます。この作業廃棄物が詰められてドラム缶の量は、各事業所とともに膨大な量になっており、この二次廃棄物の適正処理が今後の大きな課題となっています。
このような状況であるため、日本が2002年に受諾しました「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(略称:ストックホルム条約またはPOPs条約)」においては、2027年末を保管PCBやPCB廃棄物の処理完了期限として規定されていることを考慮し、2012年12月12日、「PCB特別処理法」の施行令第3条の施行終了期間を2016年末から2027年末に改正されました。そして、2014年、各事業所における処理施設の整備・充実を図り、処理施設の相互利用を促進することによって、2025年末を目途とする処理完了計画が策定されました。
すでに述べましたように、PCBは化学的安定性に極めて優れているので、通常の方法では分解することが困難です。そのため、ロータリーキールンなどで900℃以上の高温で焼却することが最も経済的な無害化処理方法です。しかし、焼却処理に伴って超高毒性のダイオキシン類の生成が懸念されます。そのために、排ガス中のPCBやダイオキシン類の常時監視が不可欠ですが、現時点における常時監視は分析技術上不可能です。このような状況であるため、PCBの焼却処理に関しては、住民合意を得ることが事実上不可能な状態です。そのために、環境省の指針の下に焼却処理以外の安全な密閉系方式の無害化処理の開発が進められ、多くの無害化処理法が開発されました。
その内の5つの無害化処理技術を日本環境安全事業株式会社が使用しています。その無害化処理技術名と概要を表3に示しています。これらの無害化処理技術は、いずれも排ガスの排出がほぼ皆無であるため、排ガスによる環境汚染の懸念がない安全な処理方法です。

表3 日本安全事業株式会社が使用しているPCB無害化処理技術とその概要
処理技術名 処理技術の概要
脱塩素化分解 PCBの分子を構成している塩素とアルカリ剤等を反応させてPCBの塩素を水素等に置き換える方法
水熱酸化分解 超臨界水(温度と圧力を調整して反応性を高めた水で、液体でも気体でもない状態にした水)や超臨界状態に近い水によって、PCBを塩、水、二酸化炭素に分解する方法
還元熱化学分解 還元雰囲気条件の熱化学反応によって、PCBを塩、燃料ガスに分解する方法
光分解 紫外線でPCBの分子を構成している塩素を取り外してPCBを分解する方法
プラズマ分解 アルゴンガス等のプラズマ(気体分子が高度に電離した状態)によってPCBを二酸化炭素、塩化水素等に分解する方法

しかし、表4に示すように無害化処理費用が高額になっていることが難点です。例えば、トランスの場合、50kg超〜55kg以下の小型のものでも処理料金は、573,000円にもなります。道路脇の電信柱に設置されている柱上トランスは、200kg超〜215kg以下の重量が多いですが、このトランスの処理費用は1,145,000円も掛かります。大きなビルなどに使われていた大型のトランスになると処理料金はさらにアップし、3,000kg超〜3,100kg以下のものでは11,509,000円にもなります。

表4 日本安全事業株式会社のPCB廃棄物の処理料金
PCB廃棄物 重量区分 料金(円)
トランス      50kg超~55kg以下 573,000
200kg超~215kg以下 1,145,000
400kg超~420kg以下 1,887,000
1,000kg超~1,040kg以下 4,119,000
2,000kg超~2,050kg以下 7,755,000
3,000kg超~3,100kg以下 11,509,000
コンデンサ      20kg超~25kg以下 559,000
40kg超~45kg以下 707,000
80kg超~85kg以下 1,003,000
120kg超~130kg以下 1,337,000
200kg超~215kg以下 1,965,000
300kg超~400kg以下 3,311,000

一方、コンデンサの処理料金は、トランスの場合よりも遙かに高額になります。20kg超〜25kg以下の小型トランスでも559,000円の処理料金が必要です。120kg超〜130kg以下の中型コンデンサの処理料金は、1,337,000円にもなり、300kg超〜400kg以下の大型のものになると処理料金はさらにアップし、3,311,000円にもなります。
以上記載しましたように、PCBの廃棄物量や無害化処理料金を考慮すると、膨大な処理コストが必要となります。上記のPCB廃棄物だけでなく、膨大な量のPCB汚染土壌や微量PCBが混入した廃電気機器等があります。これらについてもPOPs条約の締結内容に従って、2027年末までに無害化処理を完了することが不可欠となっています。このような実態や状況を勘案しますと、安全かつ経済的なPCB無害化処理技術の早急な開発が急務な課題であることが強調されます。


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